

先日、議員生活25年を迎え、中央政界から世界の各界人にいたるまで、政治家としての経験、そして実力共に兼ね備え、青森県において誰よりも県民そして日本国民のことを想い、自身として尊敬する政治家「田名部匡省」先生 とお会いする機会を得た。
青森県の失業率の問題、環境会議で中国へ行った際のこと、またアイスホッケーのオリンピック選手・監督を通じ、その中で得た人生の教訓など... 気さくにお話しを頂いた。
特に国会での永年表彰演説の中で、次のことを話されたということが強く印象に残った。
「アイスホッケーでは、敵にフェイント(相手の意表を突くための類似動作)をかけるだろ! 政治の世界では味方にまでフェイントをかける奴がいるんだよ!! (場内笑い...) これではルールも何もあったもんじゃないよ。 私は、ルールの中で正々堂々と戦ってきた。 弱いものの立場に立ち、弱いものを助ける。スポーツでも、上手なものが、まだ上手くないものの近くでサポートする。どこの世界でも同じでしょう!!」
一見、ジョークも交えた楽しい話であるが、実はそこに政治家「田名部匡省」の政治姿勢があると自分は感じる。
2004年の参議院選挙で、県内でたった1人の野党議員として、6人の与党国会議員を相手に戦い、見事勝利を飾った際の記事を以下に抜粋する。
『県民は「実績」と「非与党」を選択した。唯一の保守野党国会議員のいすを守った田名部匡省さんは、選挙戦の疲れをにじませながらも、満面に“田名部スマイル”を浮かべた。 (…中略) 県内唯一の非与党保守議席を守れるか、失うかの背水の陣。組織的に不十分だった戦いを振り返り、田名部さんは「六人もの国会議員を相手に回した戦いは初めてで、非常に苦しい選挙だった。一人になってもやり通す自分の生き方を理解し、支えてくれた皆さんに感謝したい」と、うっすらと目に涙を浮かべながらあいさつ。「これからもう一度、若い人たちを育て、二大政党を目指す仲間を増やしていきたい」と、親分肌のベテラン政治家らしい抱負を語った。 (…中略) 本県唯一の保守野党議席を守った点には「ゼロになったら大変だと思っていた」と安堵(あんど)の表情を浮かべ「(次の任期六年間で)いろいろな選挙があるので、若い人たちを中心に後継者を育てていきたい。党の活動をみて共鳴する人たちが出てくれれば」と述べ、特に津軽地方での党勢拡大を課題に挙げた。 (…中略) 英子夫人は終始ハンカチで目頭を抑え「今までこんなに頑張った選挙はなかった。家族もフル回転した」と、涙声で田名部さんをねぎらった。』
この激戦の中で「一人になってもやり通す生き方」に、政治家「田名部匡省」の「真の勇気」がある。それは並大抵の勇気ではない。
最後に握手をし、次の仕事へ向かう田名部先生の背中がそれを語っていた。
田名部匡省ホームページ:http://www.tanabu.info/
2004年7月12日東奥日報記事:http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2004/0712/nto0712_3.asp
雨の土曜日の午前中、10歳になる長女が友達とプールに行く約束をし近くの公園で待ち合わせをしていた。 「いってきまーす!!」っと元気よく出かけた5分後には急いで家に戻ってきた。事情を聞くと、「変な人に声をかけられた」という。
でも、友達とも約束をしていたので、どうしようか迷ったけど怖かったから帰ってきたと...
娘を車に乗せ、友達が待っている雨の公園へ向かった。
公園には友達の姿はなかった。
「どこで声かけられた?」と聞いてみると、「あそこ」と砂場の前の丸いベンチを指差した。友達のことが気にかかっていたので、雨の中、さっさと車を降りて近く行ってみたら、500mlの缶ビールが2本、うち1本はまだふたが開いていなかったので、「これは近くにいるな!!」と思い、直ぐ近くの公衆トイレの中を見てみたら、45歳前後の青の上下のジャージを着ている男がびっくりしたような感じで外へ出てきた。
「この人?」っと娘に聞いた。「うん」とうなずく娘は怖くて声もでなかった。
自分:「親父さん、公園で朝からビール飲んでちゃダメだよ。雨も降ってるし家で飲みな!」
男:「そんなこと言われたのは初めてだ!!」
自分:「俺も酒好きだから気持ちはわかるけど、ここは子供の遊ぶ場所なんだよ、酒のむとこじゃないんだよ!」
男:「あっ そうかー。わかったわかった。そんなこと言われたのは初めてだ!!」
っと言って手を出し、何故かはわからないが握手をしてきた。ここで引いてはいけないと思ったので、自分も目を見て「ギュッ」と強く手を握り返した。その後、彼はニヤニヤしながら去って行った。
気がついたら友達も娘と一緒にいた。(ちょうど来たようである)
彼はただ単に寂しかったのかもしれないし、いたずら目的だったのかもしれない。しかし、土曜日の午前中11:00頃から、雨の中、傘もささずにビールを飲んでいるというのは、普通では考えられない。
二人を近くのプールまで送ったあと、警察へ電話をした。その後、家の近くまで警察はきてくれて、細かく事情を聞いてくれた。
町内会でも不審者情報がよくある公園だが、いずれにしても、天気の良い日は子供たちで一杯の公園で、このようなことが絶対あってはいけないと思う。
歪んだ世の中の一面である。
国会には衆議院と参議院という二つの院が存在する。海外の多くの国も、下院と上院という二つの院が存在する。 一般的にこの二つの違いがあまりよくわからないと言われているが、そこには、ポピュリズムに対する政治の暴走を食止める大きな役割がある。
先の郵政民営化においても、衆議院で過半数を得たが、参議院にて過半数を割り解散総選挙となった。 前回の総選挙においては、結果こそ与党大勝に終わったものの、参議院の議席数は衆議院の改選前と当然ながら変わっていない。
したがって、衆議院は時の総理大臣がいつでも解散する権限をもっているが、参議院に関しては、3年ごとに議席の半分だけが定期的に選挙を行うという仕組みである。
結果、衆議院はある争点に関し、解散によって国民の真意(是か非か)を問うことができるのに対し、参議院は定期的な選挙期間をおくことにより、争点に対して判断した国民の民意の結果を、その判断が正しかったどうか、時間という冷却期間をもって冷静に判断することができるのである。
よく「熱しやすく、冷めやすい」という言葉を耳にする。
仮に、参議院が衆議院と同じような選挙制度をとっていたら、国の方針が一気に転換するようなことが簡単に起こる可能性がある。しかし、参議院のような時間的制約を設けることにより、一国の方向性を決定するのに「熱しやすく、冷めやすい」という現象を防ぐ役割がある。
先日、与野党の党首討論が行われた。その際、教育問題の根本的要因は、市町村や県の教育委員会に権限を委譲すると表面上では言いながら、そこを運営するための予算配分の権限は「各県の教育委員会を指導する」という名のもと、文部科学省の中央官僚が実質的に握っている。このような官僚制度という「制度論」の問題であるという指摘であった。
自身も観光業界という職業上、観光地のプロモーション広告費用等の予算をお願いしに役所へ出向くときがある。その際、決まって行われるのが、「現場レベルでは予算措置の権限はもっていない。本省が全て決めているので本省に行ってください。」 これに対し率直に対応し本省へ出向くと、「いや本省は現場のことは把握していない。現場が決めていることだから現場と直接話してください。」 というたらい回しと責任転嫁の連続である。 これでは、その間に挟まれた人たちはたまらない。
全ての官僚がそうであるとはいえないが、官僚による「責任転嫁」と、「上司に対する手柄取り」の二つの思想のみが官僚を支配しており、そこには、「本当によい教育を行おう」とか、「本当にこの地域を多くの人に知らせ、沢山のお客さんに来てもらおう」などということは二の次なのである。
この「責任転嫁」と「手柄取り」の制度をなくさない限り多くの問題は解決されない。これが官僚制度問題の本質である。
問題の解決策は「責任の所在」をはっきりさせることである。しかし、政官業の癒着は今の所それを許さないのである。 極めて単純なように思えるが、それが現実である。
友人が昔の茅葺屋根の旧家を少し現代風におしゃれにアレンジしたイタリア料理のレストランをやっている。地元の新鮮な食材を利用し「和魂洋才」というコンセプトで、日本の良いところを活かしながら、海外の文化を上手く取り入れたレストランである。
先日、電話で話す機会があり彼は次のようなことを言っていた。
「最近は食材が何でも高いよ。これも海外物の安い野菜やなんかが入ってきてたのが、鳥インフルエンザやBSE、農薬の問題とかで急に輸入禁止になったりしてるだろう。その影響でさ〜。田舎だから特に、安くて質のいいもの出そうと思ってるけど、こう仕入れが上がっちゃったら厳しいよ〜」
彼の本音だった。
以前、アメリカは国内における自給自足率が100%だと聞いたことがある。これに比べ日本は50%以下にまで落ち、その大半を海外に依存しているという状態である。現政府の政策は、工業製品を中心に海外へ輸出し、その代替として食を輸入に頼っているという傾向が明らかである。
「農業切捨て」や「地方切捨て」といった問題、これが現代の「格差」を生んでいることも明らかである。
昨日、NHKスペシャル「小泉自民党の5年間を振り返る」といったような番組で、地方交付税を激減させた結果、地方の公共事業がなくなってしまった。それでいて、地方への「自立」を迫っているという内容の放送があった。
農業も切捨て、公共事業も切捨て、それでいて「自立」しなさいというのは、手足を縛られた上で「泳ぎなさい」と言っているようなものである。
確かに、「全国均衡政策」(田中角栄が日本列島改造論の中で提唱した全国均一の交通整備計画)からの転換は必要である。
しかし、農業は、国民の生命の安全を守る、そして何よりも日本の育て上げた文化(魂)ではないか。その農業(漁業も含め)を切り捨て「自立」しないさいは、全くの論外である。
少なからず、日本の自給自足率を高める努力をすることで、地方に活気が生まれ、「自立」する気力も沸いてくる。
食べ物もなくて(高くて)、仕事がないでは、地方をいじめているだけである。
*イタリア料理オルモのホームページ http://www.romanjokamachi.com/olmo/
昨日、政治家を志す際に非常に大切な「人の内面」についての指導を頂いた。
商売とは、「ある人(お客様)と会社(商品を提供する側)のその場の契約遂行」であり、契約遂行後は商品がお客様を満足させる。政治は、お客様と商品提供者という一方的な関係ではなく、人と人とのつながりが唯一の生命線であり、ましてや商品というものが存在しないため、このつながりは政治社会にいる限り続いていく、または、続けていかなければ政治家としてしっかりと大成しない。この点が、政治と商売一番の違いである。
自身は、人間に例えると、まだ世の中に出ていない、母体に生命が宿されはじめの状態かもしれない。このはじめの状態は、生命としては非常に不安定であり、時に世に出れずに終わってしまう場合もある。
この最初の生命としての不安定期に、政治を志す際に最も大切な「政治家の資質」の部分をご指導頂き本当に感謝している。同時に、この大切な部分を常に念頭に入れた行動をする必要がある。
ドイツの社会学者マックス・ヴェーバー(Max Weber)の著書「職業としての政治」の中には次のような文章がある。
「政治とは、情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業である。もしこの世で不可能事を目指して粘り強くアタックしないようでは、およそ可能なことの達成も覚束ないというのは、まったく正しく、あらゆる歴史上の経験がこれを証明している。」
しっかりと政治家として必要な資質を兼ね備えながら誕生することが、まずは自身としての最初の目標である。
ジョン・F・ケネディーの上院議員時代の著書「勇気ある人々」の中で、彼は勇気の意味を以下のように表現している。
これは勇気と政治に関する書物である。 (中略) すべての上院議員の忠誠心は、彼の党、州ならびに地域、彼の国家ならびに良心に配分されているのである。党の問題については、通常、彼の党に対する忠誠心が支配する。地域的な対立において彼の方向を指導するものは、彼の地域的責任感である。彼を勇気の試練にさらすものは、党ならびに地域に対する忠誠心に挑戦する国家的な問題であり、良心の問題である。 自分の党の大統領、自分の党もしくは国民感情と戦うことは、勇気を要するかもしれない。しかしこれらの勇気といえども、上院議員として彼の将来を支配する選挙区民の怒りを無視することに必要な勇気に比べるとき、物の数ではない。 (中略) われわれは民主的な政治のやり方を改良することができる。 (中略) 民主主義は、民衆政治もしくは多数者支配以上のものであり、有権者の強力な団体にこびたり、それを欺いたりするための政治的手法の制度以上のものであるからである。 (中略) 本当の民主主義は生きていて刻々成長し、 (中略) 人々は単に彼らの考えを有能に、忠実に代表する人物だけでなく、良心的な判断を行使する人物を選ぶという信念を植え付け、 (中略) 不人気な方向をたどった人物を非難しないだけなく、勇気に報い、高潔さを尊重し、最後に正しいものを認めるという信念を植えつける。
あらゆる葛藤の中で、それでもこれが正しいと「判断」し行動した場合、政治家には民衆に対する重い「責任」がある。仮にその判断がその場(選挙)で認められなくても、その政治家は「判断」に対する「責任」を全うする必要がある。 この「責任」を全うする真の原動力は、政治に対する「情熱」のみである。
GWが明け後半国会も今日から始まり、いよいよ9月の与野党の代表選挙、来年の統一地方選挙、そして参議院選挙と政局の大きなうねりが本格的に展開されようとしている。
自身にも、これらに何らかの形で関わるようご指示を頂き、早速、議員会館にて今週話し合いがもたれる。
ちょうど昨日で参議院候補者として浮上しマスコミに出てから1年を迎えた。この間、家族を説得し、政治家を志す際に4年前に始めた慶應義塾大学を卒業、青森に住む両親兄弟を説得し、海外にある会社の体制を整えるなど、政治家を目指す前の自分自身の身の振り方に対するハードルを、一歩、そしてまた一歩と地道にのり超えてきたつもりである。
そして今週もまた新たな一歩を踏み出そうとしている…
政治には政策というものがあるが、そこには「権力闘争」というものが常に存在する。
世界の民主主義国家では、イギリスやアメリカをはじめ自身が住んでいたオーストラリアにおいても、世界のリーダーたる民主主義国家は二大政党制という成熟した民主主義を確立している。これは「国民に選択肢をあたえる」という意味において非常に大切な民主主義のあり方である。
この選択肢がない限り、政治に潜む「権力」の委譲が国民の手にゆだねられることは絶対的にないといっても過言ではない。
日本は、今後の10−30年の国家のあり方(二大政党制)を決める重要な分岐点にいま立っている。小沢一郎代表はその先導者として、国民を信じて望みをかけた偉大な政治家である。
日本が世界の先導者としてしっかりと歩み続けるためにも、これまでのような党内における「権力闘争」などに時間を割くのではなく、野党一致結束のもと、与党と互角に政権を担えるような王道をしっかりと見据えて党内運営を進めていく必要がある。
昨晩、ゴールデンウイーク中の青森での活動日程を終え横浜へ。新幹線を乗り終えた東京駅からJR山手線で渋谷、東横線で日吉までの間、一緒に行った三人の子供たちは疲れと夜中ということもあってみんなぐったり。 重い荷物と子供たちを妻と背負い、やっとのおもいで自宅に到着したのは夜中の1時を過ぎていた。
いよいよ成熟した民主主義の確立を目標にした自分自身との挑戦が始まる。
自分を育ててくれた故郷青森県民の皆様、自分を成長させてくれた日本国民の皆様、これから情熱・判断力・責任感を駆使し、立派な政治家として皆様のために尽くし、お役に立てるよう一生懸命頑張っていく所存であります。
ご指導、ご鞭撻の程、宜しくお願い申し上げます。